へーベルハウスの歴史

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旭化成のルーツは、戦前、東洋一の総合化学会社であった、
日本窒素肥料(株)です。
日窒コンツェルンと呼ばれ、有力な 財閥の1つでした。

しかし戦後、GHQの財閥解体により「旭化成」と「チッソ」に
分断され、日本窒素の有志が集まり立上げたのが「積水化学」でした。

解体後、旭化成は「サランラップ」が爆発的な大ヒット商品となり、
その名を一躍有名にしました。

1960年代になり、高度成長期の日本は、都市部において
深刻な住宅不足の状況でした。
そのため、建築業界はかつてない活況を呈していました。

旭化成のサランラップ

ちょうどその頃、旭化成は建材事業への参入を果たすため、
旧西ドイツの「ヘーベルガスベトン社」と
発砲コンクリート「ヘーベル」のライセンス契約をし、
日本での製造と販売を開始したのですが、
まさにこれがヘーベルハウスの始まりだったのです。

その後、このヘーベルと鉄骨造を組合わせた、住宅の開発に着手して、
1972年、ついに「ヘーベルハウス」が誕生しました。
これ以降、「ヘーベルハウス」はヘーベルと鉄骨造という組合せを
一貫して今日まで至っています。

 

誕生して間もなく、ヘーベルハウスは、住宅業界に革新的な考 え方を
もたらしました。
それは1975年に発表された「二世帯住宅」です。

今でこそ、当たり前となった「二世帯住宅」という考え方ですが、
当時は、一つ屋根の下で、親世帯と子世帯が別れて暮らすなどという
概念はありませんでした。

もし、ヘーベルハウスが無ければ、「二世帯住宅」という言葉も、
その考え方も、存在する事は無かったといって間違いありません。

初期のへーベルハウス

画像はへーベルハウスのHPより拝借

ところで、ヘーベルハウスのイメージキャラクターの「ヘーベル君」
ですが、1985年に初めてCMに登場しました。
「ハ~イ!」と癒し系の声で挨拶してくれる、あのキャラです。

「ヘーベル君」はちょうどその頃に発売された、
「ヘーベルハウスキュービック」がモデルとなっています。

へーベルハウスのへーベル君

さて、ヘーベルハウスと言って忘れられないのが、象のCMです。
1993年に放映された「フレックス3」のTVCMが一躍話題となりました。

「ヘーベルハウスなら屋上で象が飼えます」と言って、
本当にモデルハウスの屋上に本物のゾウを乗せてしまいました。
当時増えつつあった木造3階建てとの強度の違いを
リアルに表現するためのものでした。

撮影はかなり大変だったようで、、愛知県豊橋市の展示場を使って、
体重2トンものゾウを檻ごとクレーンで吊り上げ、
架台と鉄板を敷いた上に足かせ付きで乗せ、
3日間掛けてやっと撮影できたようです。

このCMにより「屋上でゾウが飼えるヘーベルハウスの3階建て」
のイメージが定着しました。
象の大型バルーンはヘーベルハウスのシンボル的存在となり、
そのバルーンを見れば、何棟ものモデルハウスが建ち並ぶ
住宅展示場で、一目でヘーベルハウスと分かります。

へーベルハウスと象

画像はへーベルハウスのHPより拝借

 

 

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